フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法…★3.8
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あらすじ
フロリダディズニーワールドのすぐそばに「マジックキャッスル」といつモーテルがある。
観光客などが利用する宿泊施設だが、生活が不安定でアパートを借りることが出来ずそこに長期的に滞在しているヘイリーとその娘ムーニー。
ムーニーは近所に住んでいる子供たちと遊んで夏休みを過ごすが、笑えないレベルの悪戯がきっかけでいつも一緒にいた友達は少しずつ減っていってしまう。
貧困で宿泊費さえ払うことが出来なくなっていたヘイリーは、犯罪や売春に手を染めるようになる。
その事を通報され児童福祉局が二人の家を訪れ…
悪環境が招く悪循環
「夢の国」のすぐそばにある貧困家庭にスポットを当てた作品で
カラフルでディズニーを思わせる建物が多数出ては来るが、そこで暮らす親子の生活ぶりとのギャップを余計に感じた。
出てくる子供がわんぱく、無邪気を通り越していわゆる「しつけがなっていない」部類の子供。
その母親は、全身にタトゥーを入れ、雇用を受けることなくその日暮らしで生活を送っていた。
この親子が引き離されないために、何が必要だったのか?
お金があれば売春や盗みをせずに済み、良い環境を子供に与えられていたかもしれない。
だけどお金が欲しくても雇用先が見つからなかったのかもしれない。
仕事をしたくてもその能力がつかない環境で母親も育ったのかもしれない。
いや、お金がなくても心は豊かに生きている人だっている。
きっとこの母親も子供時代は娘と同じような環境で生きてきたのだろう。
負のループを抜け出すという概念さえ育っていないのかもしれない。
そんな事をぐるぐる考えてみるけれど、どうすれば正解なのか答えは到底見つからない。
人が生きる上で環境は本当に大切だと思う。
どの環境に身を置き、その中で自分はどう生きていくのか。
大人であればそれなりに選択できるかもしれないけれど、
子供はその世界が自分の全てでその世界しか知らない。
だから自分で選ぶことは難しい。
母親と引き離されることは母親にとっても娘にとっても辛いことなのは承知で
だけど子供の成長のためにはやっぱり一時的にでも風通しがいい環境に子供を置くことは大切で正解なのではと私は思う。
それまで知らなかった世界を見た時に初めて、
今まで自分がいた世界はどうだったのか?これからどうしたいのか?
と考えるきっかけが出来るのではないか。
厳しさの中にある本当の優しさ
この作品で唯一救われたことといえば、管理人のボビーがなんだかんだこの母娘の境遇に理解を持ってくれていたこと。
この母娘に手を焼き逆恨みのような文句言われ、普通なら追い出してもいいような振る舞いをされていながら
ムーニーのことを児童福祉局が迎えに来た時に見せていた苦悩の表情に、彼の人間味を感じた。
こういう人が自分のそばにいることは、
実はお金に勝る財産なのだと気付くことが出来るか出来ないかで、人生は違う方向へと進むものだと思う。
母親に思うこと
アメリカの富裕、貧困の落差は深刻だし
実際その立場になったわけではないけど
この映画を見ていて母親であるヘイリーの振る舞いに首を傾げることも多々あった。
働いたとしても、ろくな給料にはならないからバカらしいのかもしれない。
だけど同じ境遇の友達はがんばって働いて息子を育てているし、詐欺や売春している姿を娘に見せなくても済む。
それにムーニーに対して、物事の分別を教えず悪さをしても放置、面白いことだけ一緒に面白がる、だけの関係は愛ではないしある種のネグレクト。
母親なりに娘を愛しているのだろうけど、愛してるならば社会を恨むだけでなく、娘と自分のためにどうすればより良くなるのか行動して模索してほしかった。
いやでも、この母親が生きてきた環境がすでに害悪で、その負のループから抜け出すことは並大抵では無理なのかもしれない。
難しい。
ラストシーンが意味することとは…?
この映画のラストは、母親と引き離されると知ったムーニーが泣く姿を見た友達のジャンシーが
ムーニーを連れて走りディズニーワールドにあるシンデレラ城を訪れるシーンで終わる。
その意図がはっきり分からず困惑しながらエンドロールを眺めていた。
辛い出来事から魔法の国に連れていって忘れさせてあげるよってこと?
そもそもお金も無いのにセキュリティしっかりしてるパーク内になんで入り込めたの?
それだって立派な犯罪では?
貧困の現実と富裕層の魔法の国との対比を描きたいなら、魔法の国に行きたいのにお金がなくて結局入れず入り口で佇む、くらいにしといた方がリアリティがあったように思う。
さらに後からこの作品は低予算で作られており、ディズニー側から許可が降りず無許可でゲリラ撮影したと知った。
そこまでして撮ったラストシーンの意図がなんだったのかよく分からなかったし、
ちゃんとした作品を作る側として無許可を正当化してそれも演出の味だとするのはどうなの?
自分勝手な登場人物達とやってる事変わらないのでは?
という余計感情がよぎった。映画を見てこんな余計な事考えたくないのに。
ラストシーンが残念。